五嶋みどり、イツァーク・パールマンをはじめ数多くの天才ヴァイオリニストを世に送り出した伝説の名ヴァイオリン教師ドロシー・ディレイ。そのディレイ先生の正体に迫る一冊「天才を育てる 名ヴァイオリン教師ドロシー・ディレイの素顔」を読んでみました。

米国のジュリアード音楽院で教鞭を執ったディレイのアプローチは、生徒自身の持つ本来の能力を信じてそれを効果的に発揮するよう指導するというものです。ディレイのヴァイオリン教授法は、生徒それぞれが独自の個性とスタイルを持つことを尊重したうえで「このフレーズはどう弾きたいの?私に聴かせてちょうだい。」と語りかけるのです。一方で、同じくジュリアード音楽院で教えたイヴァン・ガラミアンの指導はもっと緊迫していて、弟子には専制的な師弟関係をのぞみました。そしてその古くて権威主義的なやり方のもとで才能を開花させた者もいれば、時に「暴君」とも喩えられるそのあまりにも強力なやり方のもと消えていってしまう者も少なくなかったようです。両者ともにヴァイオリン界を代表する天才的指導者でありながら、そのアプローチの違いは歴然としています。

 

ヴァイオリンでないにしても、我が子に楽器を学ぶ機会を与えたい(もしくは、すでに与えている)、そして少しでも良い先生を探してあげたいと願うに決まっています。私自身もその一人です。「素晴らしい音楽教師というものは、生徒の才能を早い段階から見抜き成功へ導いてくれる先生なのか、それとも生徒一人ひとりの適正と能力に合わせて一歩一歩上達することを導いてくれる先生なのか。」本書を読み進めながら、ディレイとガラミアンの指導法そして音楽教師としてのあり方の違いを知る中で、このような命題が浮かんできました。

お子さんに楽器を学ばせているママたち、幼少時に自らが楽器を学んだ経験のあるママたち(私はその両方に当てはまりますが)には、ディレイのレッスン室でのひとつひとつのやり取りが臨場感たっぷりに感じられることと思います。そして、ディレイのような天才教師に出会うことは超一流の演奏家にとっても一生に一度あるかないかの出会いだとと思いますが、楽器を習っている我が子がこのような先生にもし出会うことができたならばそれこそ奇跡に違いない...という思い(夢)を馳せながら読み終えた一冊でした。