日常の子育ての中で、「語彙が落ちてしまう」という怖い感覚を経験したことがあります。バイリンガル環境ならではの経験だと思います。

まだ子供が未就学児だった頃の話です。私は家でお留守番、夫が子供を連れて近所の公園へ自転車の練習をしに、という週末を何度か繰り返していました。あともう少しだけれど、あと一歩まだ一人では自転車に乗れない子供を夫は励まします。「You need to pedal harder!!」と。(日本語が話せない夫は、子供に対しいつも英語で話します。) 「OK! I'll do harder next time.」と応じる子供。

私は、少し間をおいてから子供に「さっきパパは何で言っていたの?自転車の練習はどう?うまくいきそう?」と、聞いてみました。私は私で子供には日本語で問いかけ日本語で応答させる、という作戦です。日本語を母国語として確立させるために、子供が生まれた時からそうしています。私を抜きに英語で行われる「自転車練習=パパと二人の世界」。帰宅後に「日本語で要約してママに教えてね。」というのが私の趣旨です。

子供は、

あともう少しなんだよ。もっと強く「ペダルすれば」すぐに乗れるようになるよ。あともう少し速く「ペダルしたほうが」いいよ、ってパパが言ってた。

意気揚々と説明してくれます。そしてこのような会話が、何週間も続いたと思います。その中でふと感じた違和感がありました。

ペダルを「する」って、普通は言わないなあ... ペダルは「漕ぐ」だよね??!もしくは、「踏む」とか…

思い起こせば、子供の自転車練習。私が練習に付き添ってあげたことは一度もなかった!と、その時になって気づきました。子供にとって自転車といえば100%父親との空間であり、したがって自転車に関する会話はそれまで全て父親と英語で行なってきたというわけです。

合点がいきました。「ペダル」に対して「漕ぐ」という動詞がなかなか出てこない替わりに、「する」(英語の「do」のイメージ?用途のかなり広い動詞ですよね)を充てているわけです。そしてなぜ「漕ぐ」「踏む」という言葉が子供の口から出てこないかというと、それは単純に親がそのように話しているのを子供が聞いたことがなかったからです。なぜなら、自転車の練習といえば必ず「日本語を話さないで英語を話す」父親とだけ。自転車に関しての会話はそれまで全て英語でなされていたからです。

本来親が話して使っているのを聞いてそれを取り入れ、自然に習得してゆくはずの言葉が、バイリンガル環境ではこのように抜け落ちてしまう可能性があるのだ、と学んだエピソードでした。日英バイリンガル環境にいる子供は、いかなるトピックでも両方の言語を使って話す、という経験が必要なのはこのためです。

ちなみに長らく苦戦した自転車は、その後「へんしんバイク」のおかげですぐに乗れるようになりました。

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