価値観を教える - 私が母親業をやっている中で、一番難しい課題がこれです。「子どもに価値観を教える」ということは私にとって一番難しい仕事であり、未だ試行錯誤しながら正しいやり方を模索している最中です。インターナショナルスクールに通う子どもたちの価値観というものは、千差万別。千種万様。私が四十数年生きてきた中で培った価値観では全くもって計り知れない、光の彼方のその先にあるかのような価値観を持って生活している人々にも(割と多めの頻度で)出会うことがあります。「教育に関する考え方」「道徳観」「金銭感覚」様々な価値観です。

価値観の違いは「お互い様」の一言に尽きます。自分の価値観が世界の中心にある訳でもないし、正解がある訳でもない。インターの教師の仕事は大変だろうな、と思います。ここまで違った価値観の親とその子どもを一つの場所にまとめて教育するインターナショナルスクールという場所は、その価値観の「差の大きさ」ゆえに、興味深くもあり、と同時に、怖くもある場所です。そしてもう一つ言えることは、自分から見てどんなに価値観が違いすぎる!と驚愕するようなご家庭のご子息に出会おうとそれを変えることは決してできない、ということです。「それ」とは、「他人の価値観」と「今自分の子どもがその同じコミュニティに属しているという事実」です。どちらも変えることが出来ません。他人様の価値観を自分の価値観に合わせて矯正することはできません。それに加え、自分の子が今現在所属しているコミュニティ(通うインターなり、属するクラスなり)を変えることも出来ません。(転校や引っ越しをしない限りは。)どんなに価値観が合わない人でも、今自分の子どもがその人らと同じコミュニティに存在している、という事実を覆すことはできず、何とかして共存しなくてはならない、という意味です。

子どもがまだ小さい時です。スクールに「ポケモンカードブーム」が到来しました。当時たくさんの子ども達が「より多くより強いカード」を携えて登校してきては、休み時間中にカード遊びに興じるようになっていました。息子はカードを一枚も持っていませんでした。私が一度も買い与えませんでしたから。もともとキャラクターものに固執したり、強い興味も持たなかった息子でしたが、まだまだ幼い年齢。「そこまでポケモンが好きではないが」「他の子ども達に混じりたい」「流行りについていきたい」「他の皆が持っている物を僕も欲しい」「お願いしてもママは買ってくれないだろうなあ」(←図星!!)などなど、子どもながらに色々な思いが交差しては気持ちが揺れていた頃だったと思います。

何人かの男の子は、何百枚ものカードを持ってきては皆の前で披露します。何枚かの「弱いカード」を「ゴミカード」と呼び、カードを持っていない他の子達(息子を含む)にばらまいて、「このゴミが欲しかったら拾え」と言って分け与えることもあったと聞いています。こうした遊びがエスカレートしてきたこともあり、スクールは「休み時間にポケモンカード遊びを禁止」しました。それでも一部の子どもはルールを無視したため、今度は「スクールへの持参禁止」となりました。もちろんそれでもルールを無視して平然と持ってきてはカードを広げて遊び、先生からカードを没収される事態にも発展しました。

幼い息子が子どもなりに、「価値観の違い」を見せつけられたのはここからです。たくさんのカードを没収されたクラスの男の子は、悲しんでいる様子もなく悪びれた様子もなく、明くる日も明くる日もどんどんカードを持ってきては遊んでいます。なぜなら。彼は親御さんからお金をもらって、「大人買い」を続けていたからです。一度に何箱分ものカードを買い与えられ続けていたその男の子は、たとえ100枚やそこらを先生に取り上げられても痛くも痒くもなかった、という訳です。

「なぜ許されるのか」息子は私に質問を投げかけてきました。彼は憤っていました。「先生が全員に敷いたルールを破って許されるのか」「取り上げられても取り上げられても、それでもルールを破っている。ずるいではないか」と。「なぜ何万円分ものカードをいとも簡単に(親から)買ってもらえるのか」と。私は「この息子の質問に正しく答える方法。誰か教えて!答えはどこ?」という心境で、うまい答え方が見つかりませんでした。「他人は他人。以上。解散!」と叫びんで話を終わらせたいような気持ちにもなりました。

このことは、息子にとっても「他人の家庭のポリシーと、自分の家庭のポリシーって違うんだ」という実体験となりました。苦くて、正解のない、人生の勉強でした。アンフェアだ!と憤っても、憤るだけでは何も変えることができない経験でした。自分がいくら守っても、世の中にはルールを守らない人が存在する。それを息子個人が変えることはできません。その男の子はルールを守らなかった結果カードが取り上げられたというのに、また次々と新しいカードを親が買い与えてもらえるのを、息子は唇を噛み締めながら眺めているほかありません。それは他人の家のお金。使い方は彼らの自由です。「稼いだお金の使い方は稼いだ本人(今回のケースでは、その男の子の親御さん)が決める。」それが世の常です。そのお金の使い方が「正しい使い方」だったか「間違った使い方」だったか?そんなものは、息子や我が家にはなんら関係のないことです。批判しても、憤慨しても、何も変わらない。そんな経験でした。

それは息子にとって、人生のレッスンでした。「人は人。自分は自分。」「他人の家のルールは他人の家のもの。自分の家のルールは自分の家のルール。」身を以ての経験です。小学校に上がるか上がらないかくらいの歳の息子には、少し苦く、難しいレッスンでした。そして私がいつも息子に言い聞かせている「自分の生き方は自分の判断で決めるもの。」「自分の判断の責任は自分で負うもの。」の二つのフレーズ。この意味を理解し、行動できるようになるまで、しっかり育ててやらなければいけませんね。自分の思う価値観を子どもに教えてやれるのは親しかいませんから。

そしてその後も、このインターの世界で子どもの年齢が上がるに連れてありとあらゆる、様々な経験を親子ともにしています。特にお金の話は厄介です。「子どもがお金の話なんてするものではない!」と躾けられた昭和女の私には、目の毒、耳の毒になるような話がゴロゴロしています。「自分はファーストクラスに乗ってハワイに行って、自分が(実際には親が)所有するコンドミニアムに... 云々」と、自信満々に言ってのける5,6歳児の多さに初年度こそ卒倒しそうになりましたが、今はもう慣れてきました。「今日はお付きの荷物持ちの女中さん(←言い方、古い?笑)がいなかったので、習い事に行けません。」というお子さんに出会っても、「今日は和食のシェフと洋食のシェフ、どちらの人に作ってもらおうかしら。」という奥様に出会っても、ずっこけずにじっと座って笑っていられるようになりました。私も成長しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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